わざわざこれだけの為に行く程の展示じゃないと思うが。ブリュッセル万博のフィリップス館(1958)なんかは写真ではよく知ってるつもりでも全体の形はこんなんだったんだっていうのが模型で分かる。レスプリ・ヌーヴォー館(1925)なんかもコンクリートのスラブが丸く穿たれて木が突き抜けてる写真の印象だけで全体のプラン、ヴォリュームを知らない人もるかもしれない。
思えば、大学に入学してはじめて大学図書館で借りたのがル・コルビュジエ著「建築をめざして」SD選書で、めざん一刻のような四畳半の下宿で同志社大学法学部の連中に、
「建築家は、形を整頓するという彼の精神の純粋な創造によって秩序を実現し、形を通じて、われわれの感覚に強く訴え、造形的な感動を起こさしめる。そこに生み出された比例によって、われわれに深い共鳴を目醒ますし、世界のそれと和しているかと感じられる秩序の韻律を与え、われわれの情や心のさまざまな動きを確定する 」
なんて朗読して聞かせ、これだよ、オレがやりたかったのは、なんて熱く語っていた。受験の時は正直、ケンチクのケの字も分かっていなくて、アートじゃメシは食えんから最も芸術に近い仕事という妥協の選択だった僕が、建築って面白そうだなと目覚めた原点かもしれない。
あらためてコルの年譜を見ると、42歳でイヴォンヌ・ガリと結婚、サヴォア邸をつくっている。だんだん遅咲き特集みたいのに目がいってしまうが、カーンにしたって、村野藤吾にしたって、巨匠になったのは晩年かもしれないけど、若い頃にはそれなりのことはやっている。前例はともかく自分自身がいつまでテンションを持ち続けられるかだ。